おいしくないプリンター(2)

続き…
 
 プリンタに使われている数本のローラー軸を外す。
 このプリンタは箱型ではあるが、片面印刷しかできない。他社はどうか知らないが、ヘッドユニットを除いて三本の軸で構成されている。まあ、常識的な数に思える。その軸受けの土台はプラスチックボディにタッピングビス留めなので、このプリンタの骨格は即ち外殻構造であると言える。ヘッドユニットは金属板で構成されていたからそこで剛性を稼いでいたのかも知れない。
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 軸の付け根に見えるのは明らかにDCモータである。これで完全にステッピングモータは使われていないことは確定である。軸はその両端を金具で支えられており、その金具と外殻のプラスチックを留めているねじを外せばゆるゆるになる。が、素直には取れてくれない。小さな部品を外して行く。側面のギアカバーを外すと果たして紙送りのための円形のエンコーダシートが現れる。使われていたギアはすべてプラスチック製だが、バックラッシは極小になるよう、かつギアは軽く回るように作られていて、工作精度は非常に高い。軸受けもプラスチックで、奇怪な形をしている。このプラスチップ部品を一つ一つ設計するのは、図面を起こすだけでも気の遠くなるような工数を要するだろう。過去の実績なくしては毎年リリースなんてできない。

 おもむろに両端の金具をひねると、ついに軸がばらけた。そして御本尊、メイン基板が出現する。
 基板は、操作部やフォトカプラ台座などのサブ基板が数枚あるが、モーターのドライブは全てメイン基板に集約されている。メイン基板は手のひら大である。電源は2電圧のACアダプタなので、基板は比較的シンプルである。
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 以前のプリンタはステッピングモーター以外に「美味しい」ポイントとして、dipパッケージのモータードライブICが収穫できた(E社製)。しかし、パワー源はどうやら集合FET一個に凝縮されているようだ。
 個人のできる範囲で調べてみたら、やはり最も大きいチップがプロセッサのようである。(でもコンデンサとコイルに囲まれた奴もプロセッサっぽい。いずれもググった程度じゃ型名不詳。)発振器やメモリにも近い。全ての縞模様は一箇所で勘定され、おそらくはPWMで三個のDCモーターを制御しているのだろう。もはやこの程度のモーターの回転数なら勘定して余りあるほどのプロセッサ周波数なのだと思われる。しかし、これらのチップは書き込み器作って再利用するより他のチップを使った方が安価で早いと思われる。今時32bitプロセッサの評価ボードでも千円でお釣りが来る時代だ。
 
 とまあ、大雑把に見てきたが、最後に紙送りを見よう。この辺は他社製を参考にするのであろう、どの会社も似たような要素で構成されている。極細のローラー、ばね軸で適度に紙を押さえる刃付きローラー、そしてそれらの軸を支える細いフレーム枠。径で言えばプラモデルのフレームの半分以下だろう。緻密である。一枚の紙を送るためにゴムの摩擦、鋼の摩擦を使い分け、時に刺しながら精密に送っていく。この製品ではきちんとユニット化されている。
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 このような精緻を極めた製品でもそれが動いたとき、おそらくは「やってみたら印刷できた」と言うレベルではないだろうか。それはアナログ回路でデジタルチップを製作することに似ている。期せずしてフラクタルを思い浮かべる、と言えば大げさだろうか。
 
 最終的に取れたモーター三個。どれもつまんない。
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 これほどの製品が、短期寿命を決め付けられているのは、インクを捨て吹くためのフェルトが交換不可にされていることから明らかである。この設計ができる者なら交換式のフェルトなんて朝飯前で実現できる。次の不安要素はゴムローラーの劣化くらいか。何しろインクと一緒にヘッドも交換なので長く使えるはずなのだ。
 しかし、個人向けプリンタは毎年最も金のかかるプラスチックの型を多く作らねばならない。なのでたぶん構造の設計者は冷や飯食らいである。

 インクジェットプリンタの会社はリフィルカートリッジと戦い、技術者の尻を叩いてわずかなコストダウンをひねり出し、短寿命に作らせて、非エコと訴訟沙汰になる。たった一社がこのビジネスモデルを実行に移すと、他社も追随せねばならない。泥沼である。
 私が「失敗したビジネスモデル」と言ったのはこういう理由である。
 
 今回の分解で言えるのは…ソフトウェアが低レベル化(…品質が悪化しているのではなく、早くなったマイコンのおかげでモーターコントロールするほどハードに近くなっている、と言う意味)すると、アクチュエータは退化する?!