ハツデンキ!

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ハツデンキ! 060108(Sun)
 さて、今回のネタは発電器、である。発電「機」で無いのは、まあ、手混ぜの道具に類するものだからである。私はでんこちゃんに言われるよりずっと前から「電気を無駄にするな」と教育されてきた。だから電気の貴重さは十分理解しているつもりである。例えば、あなたが今いる部屋の電灯を一秒間維持するのにどれだけくたびれるか体感したことはあるだろうか。自転車の発電機が頭をよぎる人も多いだろう。そう、電気は本当に貴重なものなのだ。
 だからと言うわけではないが(その1)、私は発電に関する問題に少々興味がある。電気は一部の自然エネルギーを除いてはその多くが人工(ってのも変だが)物である。それは原子力と言う、ホモサピエンスには少々扱いかねる自然の産物を利用したり、地下から掘り出してきたものを使ったりする。風とか波とかダイナミックレンジが異常に大きい自然エネルギーはなかなか利用に苦労しているようである。いや、そんな問題を論じることで退屈するつもりはない。
 だからと言うわけではないが(その2)、私の手元には発電に関するグッズがいつからか集まってくるようになった。いや、弱いのだ。タダの電気に。まあ、私の所持品の一部は写真を見てもらうとして、最近少々「これもなぁ」と思い始めてきた。手元でほんの少しの電気を起こすこれらの器械を作るのに、一体どれだけ人は自然を破壊し、電気を使っているのだろうか。このようなグッズでエコを語るのは愚かである。しかし、私の愚かさは昨今のエコブームよりはるか以前に始まっていた。
 小学生の夏休みのある日、私は理科の研究のネタに永久機関を選んだ。当時市立の図書館の本のある一冊に、ちょうどその年代の子供をインスパイアするような本があったのだ。「永久機関」、何とよい響きではないか。中にはイラスト入りで怪しげな器械と動作原理が載っていた。無論それらには永久機関なんて存在しない、と書かれてあった。そんな中で、マブチモーターの軸を指で回すと、その端子につなげた豆電球が一瞬光るのを発見した。うーむこれは…てんで、モーターの端子にもう一個モーターをつなげ、軸をつないで回せば互いに発電し合ってずっと回り続けるのではないか、と考えた。更にモーターから発電するのには少しはロスがあるだろうから、まあ、普通より長く回るくらいかな、とまでは考えた。実はこのロスがとんでもなく大きかったわけであるが、試せども試せども一向に回らない。プラスとマイナス極がどっちがどっちになるかもわからなかったから結線も交叉させてみたりしたが、特に変化は見られない。しょうがないので、その夏休みの理科の発表は失敗の記録を出した。
 また、私のブログの別のページに記載しているように、やはり子供の頃から飛行機に興味があったので、風力発電を考えた。もうその頃には簡単に手に入る発電機、そう自転車の発電機を知っていたからプロペラを作れば良いと考えたのである。
 当時貴重な二センチ厚のバルサ材をさんざん迷った挙句に購入し(それで消えた小遣いは一か月分では済まなかった)、そして更にプロペラの成型に失敗すると言うオチで終わった。
 多分、こんなトラウマがあったので、安くてお手軽な発電手段にはついふらふらと手が出てしまうのだ。別に集めているつもりは無い。
 私が浪費して買った発電器の中で、「ちゃんとしたもの」が二つある。「ちゃんとしたもの」とは実用になっているもの、と言う意味である。一つは玄関のセンサーライト、もう一つは自転車の手回し充電ライトである。前者は以前の家でも使っていた(けどそこに置いてきた)ので、こちらのホームセンターで見かけた折に購入した。前のはハロゲンライトだったが、今回は白色LEDである。どうかなーと思ったが、1Wの発光ダイオードは、意外と明るく、我が家の領域に人が入るとちゃんと機能している。
 自転車の方も発光ダイオード(こっちは小さいのが三つ)だが、まあ、普通の電球でも自転車のライトは人から認識されるのがせいぜいなのでよしとした。珍しい手回し充電タイプなので、自転車をこぐ時は負荷にならない。会社の席でギリギリと発電するのは思ったより顰蹙を買うが。

 これらの二つに共通しているのは、共に一度バッテリに充電する、ってところである。これは確かに便利で実用的だけれども、この一連のバッテリや電子回路を作るための環境破壊は一体どれほどのものだろうか。私としては実はぜんまいの発電機を探している。昔米国で幅数センチもあるぜんまいを巻いて、それが戻る間だけ聴けるラジオ、ってのがあって欲しかった(が、日本だと受けられない局があるのでやめた)。ぜんまいは「切れたら止まる」と言う潔さが良い。
 最近は政府広告か、あるいは経済団体とのタイアップか判らぬが、「省エネ製品に取り換えよう」なるCMが放映されて、古い家電品や燃費の悪い旧車を捨てようと言うキャンペーンが行われている。しかし、普通の電球一個を製造するのと、蛍光管による電球一個を作るのに排出されるゴミ、CO2、費やされる電力などの比較は一度も目にしない。製品パッケージには12Wで60W並みの明るさ、ってんで取りあえずうちでは切れた電球は蛍光管型に置き換えてはいるが、その平均寿命の時間当たりの環境負荷ってどこにも比較表示されていない。まあ役人がそこまで比較した上でこんなキャンペーンを打っているなら良いが、それでも尚、使える製品を買い替えることは日本人の美徳とする「もったいないの心」を真っ向から否定する行為なので、そんな文化を剥ぎ取るところまで十分考慮した上での行動をお願いしたいものである。