丘を越えて行こう

062608 丘を越えて
 今の住所に引っ越してからもうすぐ三ヶ月。やっとちゃんと自転車で会社から私の家まで辿りつく事ができた。ただそれだけがこの文を書いた理由である。

 私が今住んでいるのは通称C丘と呼ばれる旧い新興(笑)住宅地である。ここC丘は狭い瀬戸を渡る橋のそばにあり、丘の上(と、言っても標高30-40mくらいだが)にある我が家まで、最も近い距離で上るにはそれなりの急な坂を上ることになる。橋から遠いところに降りる道は立派な車道で、バス通りでもあるのだが、そこを使っては会社までの通勤距離が二倍になる。近道である坂道は一応団地の中の道とは言え、利用者が少ないせいかアスファルトもはげたまま、車のすれ違いもできない細い場所もある。最近下るときに自転車の後輪がずれる。
 何にせよ、今日初めて登ることができた。嬉しい。
 本当は体力が付いたのだ!と言いたいところだが、実は自転車の乗り方を変えてみた。
 元々私の自転車はマウンテンバイクであり、前三枚、後ろ八枚の変速ギアを持つ。一応レース車だからスーパーローギアのレンジも広く、最も軽い組み合わせでは平地ではまず乗れない軽さである。こいでもこいでもチェーンが外れているかのように前に進まないから安定が保てない。前の最も小さなギアは殆ど使用したことがなかった。しかも上り坂でトルクがかかった状態では前ギアのチェンジはなされないから、大抵は途中で失速し、足を突いてしまう。その頃にはいい加減立ちコギの状態で、息が上がっているので、あとはトボトボと押して登っていたのである。
 今日は、「でも」と考えた。この三枚目の前ギアは飾りではないはずだ。スーパーローギアのスローな状態で、無理やり安定させれば登れるのではないか。現にプロはそれを使っているのだから。
 無論プロ並みのスピードもトルクも持ち合わせていない。しかし何とかこの自転車の潜在能力を引き出してみたい。
 スローになってバランスを崩す時は上に述べた立ちコギの状態で、ハンドルも左右に激しく振り、最後まで安定を保とうとして結局駄目になる。
 一方、オフロードバイクに乗るときは、荒れた道にハンドルを任せず、力でハンドルの向きを保つ。そうすることによって直進を続ければ車体は安定する。
 まず、このハンドルの維持が一点。
 そして立ちコギをやめた。立ちコギは言ってみれば膝の力で自分の体重をべダル上にかけ、自分の重量でペダルを踏むのである。しかし、坂道の場合、立ちコギは段差の大きな階段を登る作業の連続である。しかも踏み込んだ下死点で次の体重持ち上げまでに時間が掛かることから自転車の速度が遅くなる時間が増える。更にその体重をもう片方の足にかけるために自転車の左右振れが大きくなる。
 サドルを尻に当て、自転車の左右振れを避けるのが一点。サドル位置は最適の高さにセットしているから、その状態で足を突っ張ればある程度の踏力は確保できる。
 ペダルの回転をなるべく一定に保つよう、クリップを利用して引き上げ足の力もペダル回転円の接線力に加えるのが一点。
 以上三点セットが功を奏したのか、今日初めて成功したわけである。

 自転車を好きになったきっかけは、ある本にライディングの技が書かれていて、溝を越えたり階段を降りたりと、新しい乗り方を覚えたからである。通勤手段とは言え、日々漫然とペダルをこいでいるだけでは進化しないものだと、今回改めて自転車の「深さ」を感じとった。