ベンジン懐炉で火遊び

 懐炉、と言えば思い出すのはいつもお婆ちゃんのことだ。私が幼稚園~小学校の時期はまだお婆ちゃんと一緒に寝ることがあって、寒い夜には懐炉や湯たんぽを用意してくれた。その時の懐炉は長円形の眼鏡ケースくらいのサイズ、表面は紺色のビロードで、内部には何と火のついた棒状の炭を入れるものだった。今にして思えば、あれがいわゆる桐灰懐炉だったのだろう。
 その後、すぐに使い捨て懐炉が普及し、また、一人で寝るようになってからは懐炉を使わなくなった。

 でも、結構出張の多い今の職に就いてからは寒い地方を寒い時期に訪れることが増え、使い捨てカイロをまた使うようになった。仕事柄外でパソコンを開くこともあり、手がかじかむとキーを叩くこともままならない。そんなときにポケットに入れた一個の懐炉のありがたさがわかる。また、外での作業を本格的に行うときには複数の懐炉を同時に身に着けることもあるが、まあ、何というか、外には見えないけどカッコ悪い。また、大抵は使い捨てカイロは幾つもパッケージされて売られており、たくさんの未使用懐炉を持ち歩くのもなんだか、外には見えないけどカッコ悪い。
 そんな、本当に主観的な理由で何か代品は無いものかと探せばジッポーのベンジン懐炉があるわけで、うーん、これならちょっと使ってみようか…で購入に至ったわけである。

…と言う流れでジッポーのベンジン懐炉を買うほど甘くない。(主にアマゾンの評価で)あれこれ比較した結果、ハクキンカイロミニを購入した。最も発熱効率が高いらしいし、あまりかさばらない小型のものが欲しかったせいもある。ジッポー製はやれ中国製だったとか触媒の性能が悪いとかの風評があり、ハクキンカイロが最も安定した製品を出しているように思えたのである。ついでに燃料もハクキンカイロ製が最も発熱が良い「らしい」ので購入した。

 ググればすぐわかることだが、ベンジン懐炉はベンジンが直接燃えているわけではない。ハクキンカイロのパッケージにもそう説明してある。桐灰懐炉のように火力で温まるのではない。ベンジンが水と二酸化炭素に分解されると言う化学反応式的には燃焼と同じと思えるのだが、低い温度で継続的に分解が促進されると言うことらしく、プラチナの表面に酸素が取り付いて反応後は元のプラチナに戻る。それでもすすが着いたりして次第にその効果が薄れて来たら交換、となる「らしい」。
 ベンジン懐炉の業界もニッチらしく、主だったベンジン懐炉はハクキンカイロの触媒が使えるようになっている。だが、最初から付いている触媒はメーカー毎に異なる。最も良質なのがハクキンカイロ製らしい。新品であればほんの一秒ライターで熱すれば次第に温度が上がっていく。
 この手の懐炉の困った点は「冷えると化学反応が鈍化して発熱が下がる」と言うものだ。これはどんなベンジン懐炉でも避けられない。手が冷たいから懐炉を小袋から取り出してじかに触ると最初は触れないほど熱くても、すぐにぬるくなっていく。ま、元の袋に入れてしばらく経つと元に戻り、人肌程度で反応が止まるほどでは無い。まあ、初めからついている袋に入れて使用するのが(当たり前だが)最も良い使い方になる。でもさ、これ外気が氷点下の地域で外に晒しておくときっと冷たくなるよね。

 で、だ。

 これらのベンジン懐炉は国内で購入するとどれも二千円台である。構造的には金属容器に脱脂綿を詰め、触媒のキャップでそれを蓋をして、更に触媒が露出しないよう穴あきキャップで外側を覆うと言う簡単なものだ。これをかの地で買えば幾らくらいか、探してみたらありました。いつものAliExpressにて米ドルで(送料込み)6ドル台である。これはハクキンカイロの触媒部品とほぼ同じ価格である。
 試しに買ってみた。
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無論右がハクキンカイロミニ

 届くまで誓って知らなかったことだが、紙パッケージに日本語が。また、KAWASAKIとかMADE IN JAPANとか書いてある。
 アマゾンにKAWASAKIの懐炉が売ってあり、またオートバイのカワサキがグッズ販売でポケットウォーマーを出しているのはわかっていたが、果たしてそれなのか。調べてみるとオイル給油式懐炉を東京都にある(株)川崎精機製作所なる会社が出していて、その型番KPW-210(標準価格三千円)と、バイクのカワサキのアクセサリー品と、私の入手したものは形状(具体的には外側のキャップに空いた穴の配置と個数)が極めて似ている。バイクのアクセサリーの懐炉には黒い帯が着色してあるようだが、それが川崎精機製作所と関係があるのかわからない。また、川崎精機製作所の商品がどこで生産されているのかもわからない。私の入手した物がもし本当に日本製なら逆輸入したことになるが、お値段的には極めて胡散臭い。こいつは偽物の可能性がある。写真をよくよく見ると川崎精機製作所の蓋には何かの文字が刻印してあるようだが、私の手元にある懐炉にはそれが無い。ただ、触媒を収めた部品の形状は大変似ており、それはハクキンカイロの部品とは明らかに異なっている。
 だがまあ、つくりは良くない。触媒のキャップのハマり方もショックを与えれば簡単にはずれそうだし、外側のキャップも若干大きいようだ。色合いも蓋と本体で若干違和感がある。付属の小袋の縫製も雑である。
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数回使った後なので触媒は若干汚れている。

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袋。これも酸素の供給と熱の抑えを行う重要なパーツである。でも左側のは耐久性なさげ。

 だがまあ、中華コピー品にはありとあらゆるものが揃っているので、本物か偽物かと言う問題に関する私の興味はそこで尽きた。最も興味があるのはそれが機能するかだ。そう、「ちゃんと」機能すれば安い方が良いのではないだろうか。

 そして中国から届いたそれはちゃんと機能した。
 アマゾンの評価欄に誰かが、触媒とベンジンをしみこませた綿の間には適当な空間が必要で綿が詰まり過ぎている場合は何かで抑え込んでから触媒をセットするよう丁寧な解説が書いてあった。ハクキンカイロには確かに数ミリの間隙があったが、中国から届いたものは一杯まで綿が詰めてあり、触媒とほぼ接するような状態だった。
 ではそこで綿を抑え込むべきか。答えはノーである。
 なぜなら、触媒が違うからである。新品の状態で、ハクキンカイロの触媒部分は白いガラス繊維のようなもので作られている。中国から届いたそれ(面倒なので以下中華っぽい懐炉、と呼ぶ)の触媒部分は濃い目の灰色の、やはり繊維のようなものである。因みに川崎精機製作所の懐炉では単に「ガラス繊維」と書いてあり、写真が見当たらないので色はよくわからない。ハクキンカイロの触媒は白金(Pt)だろうから、正確には何か(多分ガラス繊維)に蒸着させたものである。川崎精機製作所のものはその「白金」と言う単語さえ使ってない。中華っぽい懐炉に至っては何かわからない。
 ハクキンカイロ製の燃料を中華っぽい懐炉に10ccほど入れてライターであぶってみる。最初はハクキンカイロ同様、1秒点火で待つこと数分。全然暖かくならない。2秒点火で待つこと数分。駄目。5秒点火で待つこと…10秒点火で反応が持続した。最終的に7秒点火でOKになった。点火には前世紀に使っていたジッポーライター+ハクキンカイロのベンジン。こちらの点火は全く問題ない。でも懐炉の触媒部は煤で真っ黒になる。
 だが驚くなかれ、火がついているのである。周りを暗くして懐炉の穴から触媒を覗いてみると、小さな炎が繊維のあちこちで微小な燃焼をしており、明らかに赤くなっている。えーっと、確か火はつかないのではなかったっけ?しかもベンジン臭とは明らかに違う何か変なニオイがする。
 触媒の材質がガラス繊維って、よーく考えてみると灯油ストーブと同じじゃん。灯油ストーブはガラス繊維の束で灯油を吸い上げ、反対側で着火して周囲を暖かくする。この触媒は、触媒じゃなくって単に燃料を燃やすだけなのか…危ない。そんなもの懐に入れとけない…といろいろ悩んだが、触媒の初期化が済むまで様子を見ることにした。
 触媒の「初期化」なんて言葉を使ったが、要は触媒が蒸着されなかった部分が燃え尽きるまで燃焼させてみる、と言うだけだ。
三日くらいで変なニオイは弱まり、それと共にチロチロとした炎も見られなくなった。発熱は続いている。触媒の繊維が網状に織られているのがよくわかるようになった。色は煤けているが、やはり灰色っぽい。
 触媒を外してみると、やはり触媒に触れた綿の表面は焦げている。その表面をカッターで落としながら運用し、ある程度の隙間があっても発熱が続くことを確認した。温度はハクキンカイロの方が安定して熱い。でも中華っぽい懐炉の方が長持ちする。
 ここで中華っぽい懐炉にコンビニで売っていたジッポーの燃料を入れてみる。温度は不安定であるが、更に長持ちする。ニオイいがまわりを気遣うことが無い程度に収まった。どうやらこれが定常運用状態のようである。やれやれ。

 で、もう一つ実験。ハクキンカイロの触媒を中華っぽい懐炉に据えて実験してみた。当然ながら着火1秒で発熱を開始し、何とハクキンカイロミニより熱くなる。要は、容器は何でも良いのだ。触媒の性能が問題だ。綿に浸みこませたベンジンをどれくらい隙間を空けて触媒に反応させるか。それだけが調整代(しろ)である。
中華っぽい懐炉のお値段が、ハクキンカイロの触媒のお値段と同じ。それでもハクキンカイロミニよりお買い得である。但し、デザインと作りは雲泥の差でハクキンカイロが良く、サイズは中華っぽい懐炉が小さい。中華っぽい懐炉の元からあった触媒が勿体ないので後で戻すつもりだが、あまり寿命は期待できない。

 さて、先ほどコンビニでジッポーの燃料を買ったと書いた。133mlのミニ缶だ。そう、ハクキンカイロの純正燃料は500mlのプラスチック円筒容器で、これを持ち歩くのは御免こうむりたい。移し替えができないかなーとジッポー燃料が尽きるのを待っている。ジッポーの缶は細くて携帯に便利。注ぎ口も少しずつ出すのに向いている。10ccで半日は持つので、朝入れて会社から帰ってくるまではおおよそ大丈夫。つまり二週間程度の出張はこの缶でOKだ。そこにハクキンカイロ燃料を入れて持ち歩く腹積もり。

 ああ、でも、飛行機には乗れないらしいのと、ベンジンは結構引火性が高いようで、屋内でこぼすと簡単に家を燃やせてしまうので注意しましょう。

 でも、この記事のなかで一番楽しかったのは古いZippoライターの復権と、「火をつけるために」と言ってもう一個Zippoを買ったことです。ま、ハクキンカイロミニの本体とお値段同じだったんだけどね。タバコ吸いたくなってきた。いかんいかん。